November 03, 2006

この海と君を守る

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厳正な抽選のもと落選した自衛隊観艦式なんですけどね。
で、何気なく、親戚のおじちゃんに電話してみたんですよ。
そしたら、なぜか僕の手元に観艦式の招待券が送られてきましてね。
世の中ってのは不思議なこともあるもんですねえ。
まあ、何だ。
その辺は大人の事情ってヤツですな。
やっぱ、現役の護衛艦乗りってのは頼もしいやなあ。
流石だなあ、三等海佐。
尊敬しちゃいますね。
で、まあ、行ってきたんですよ。
自衛隊観艦式体験航海に。
33歳のオッサンが青少年券を握りしめて。
まあ、しかし何だ。
この手の自衛隊絡みのイベントってのはどうにも朝が早くていけませんなあ。
南北線の始発で出発ですよ。
で、たまんなく眠い目をこすって、赤いGT-Rの異名をほしいままにする京急に乗ってみるってぇと、どうよ。
見渡す限り、行き先が同じ人ばっかでやんの。
もう、見た目でわかるよ。
釣り人並みの重装備で、誰一人釣り竿持ってねえんだもん。
まあ、当然だわな。
で、京急田浦で降りて、ぞろぞろ歩いてる人たちの後ろについて行くと、船越岸壁に着くわけですな。
で、早速、荷物検査を受けて、何食わぬ顔をして青少年券を提示して、乗っけてってもらう船に乗艦するんですね。
ジャーン。

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これこそ、海上自衛隊が世界に誇る訓練支援艦『てんりゅう』ね。
まあ、他の艦船に比べれば大分コンパクトではあるんですけどね。
でもまあ、アレよ。
小さくたって正真正銘本物のオーラが出てますよ。
だって、乗った瞬間冷や汗かいたもん。
まあ、山椒は小粒でピリリと辛いってやつですな。
で、とりあえず乗り込んで甲板から周囲を見渡すってぇと、見渡す限りマットグレイの艦船ばっかですよ。
ああ、あと、潜水艦ね。
さも当然のように、当たり前に停泊してやがんの。
凄えなあ、ここは。
で、まあ、そんなこんなで、乗り込んでから出航まで、結構時間があったから、艦内を探検してみたんですよ。
格納庫からキャビン、食堂、休憩室まで。
流石にブリッジに行ったときには「防機ですから立ち入らないでください!」とか言われるかと思ったんですけどね。
そんなことはないのね。
普通に入れちゃいやんの。
で、子供が記念写真とかとってやんの。
まあ、ずいぶんまったりしたもんですなあ。
で、そうこうしているうちに艦尾で旭日旗の掲揚が始まるんですよ。
ラッパの君が代をBGMに。
さあ、もうじき出航ですよ。
エライさんが船首甲板に直立不動になりながら、タグボートに引かれて出航ですよ。
で、船越から出航した護衛艦とともに隊列を組んで相模湾の沖合に突き進んで行くんですな。
その間、他の岸壁から出航した艦隊と合流しつつ、徐々に連合艦隊のような陣容になってくるんですな。
なんちゅうか、凄いぞこれは。
今にも雨が降りそう、っていうか、既に降り出している重い鉛色の空をバックに、巨大な護衛艦が2列縦隊を組んで轟音とともに進んで行くっていうのは。

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凄え。
ただただ、凄え。
そうとしか言いようがねえな。
壮観っていうのはこういうことをいうんだな。
なんだか鳥肌がたってきたぞ。
今イチ、自分でも意味が分かんないけど、今、ここで、どんなことが起こったとしても、俺は絶対に死なない気がする。
何一つ根拠のない自信が漲ってきたぞ。
そりゃあ、そうだわな。
護衛艦から掃海母艦、ミサイル艦に潜水艦。
おまけにイージス艦もついてくるという。
こんだけ揃いに揃ってれば、どんなことが起こったって生きて帰ってこれんだろ。
きっと、連合艦隊を率いた東郷提督もそう思ったのかもしれないですね。
で、まあ、一通り、艦隊が勢揃いしたところで、観艦式っていうか、観艦式体験航海の本編が始まるんですな。
観閲艦くらまに向かって、受閲部隊が続々と最敬礼をしながら通過して行くんですな。

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で、その間、こっちは観閲付属部隊ですからね。
その最敬礼の背中を見ているという。
で、一通り観閲が終わると、総勢40艦が180度ターンをして帰路に着くわけですね。

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で、帰る間に訓練展示をするんですんよ。

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ボフォース発射とか潜水艦の潜航と浮上とかIRフレアー発射とか。
で、いつの間にか、親戚のおっちゃんが乗ってるはずの掃海母艦が真後ろに着けてるから、まさかとは思いながら、携帯に電話してみたのよ。
まあ、電話なんか出られるわけねえやな。
なんせテキは仕事中だぜ。
で、あのおっさん。
流石はこの人の親戚だ。
電話に出やがった。
しかも、船首左舷側にいるとかヌカしてやんの。
とはいえ、真後ろとはいっても、流石に肉眼では顔までは判別できねえってのよ。
で、ここで、300ミリの望遠レンズが生きてくるわけですよ。

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ああ、アレか?
なんかポケーッと突っ立てるおっさんか?
ああ、大変だ。
こりゃ、忙しそうだ。
邪魔しちゃ申し訳ないや。
で、荒れ狂う波にものともせず、新幹線より快適な乗り心地を満喫しつつ、壮大というほかない艦隊を眺めながら船越に帰って行くんですね。
これで、天気がよかったら最高だったんですけどね。
なんせ、大雨ですからね。
もう、甲板の上は、毛布にくるまって震えてる人たちであふれ帰ってましたからね。
ちょっとした難民船みたいになっちゃってやんの。
そうじゃなきゃ、戦後の引き揚げ船な。
そんなこんなで、遠くにうっすら鋸山が見えてきたらそろそろ帰艦ですな。
で、また、自衛隊の艦船ってのは、着岸してから下りるまでが長いのよ。
着岸してから、待ちに待ってシビレを切らしたころに、帰艦ラッパをガナリだすのな。
で、下艦するころには雨もすっかり上がっちゃって、何となく、自分の日頃の行いの悪さを悔やんでたころ、僕を呼ぶ声が暗闇の中から聞こえてきたんですよ。
おおっ、おじちゃんだ!
三等海佐だ!
暗闇の中で半笑いしてやがる。
久しぶりにあったけど、相も変わらず人に言われなければ自衛隊員とは決して思えない、どっちかっていうと区役所の戸籍係の人みたいだそ。
でも、胸に燦々と輝く沢山の防衛記念章は数々の修羅場をくぐり抜けてきたことを無言で証明してるぞ。
そういや、あのおっさん、こないだまでイラクに行ってたって言ってたしな。
こうして見るとちったあカッコもいいやなあ。
重ねて見直しちゃったわ。
で、そんなおじちゃんに「今日じゃなかったら『ちょうかい』とか『たちかぜ』とかに乗せてやれたのに。」とかなんとか毒を吐かれながらも、そんなおじちゃんにお礼を言いつつ帰ったわけですよ。
まあ、それにしても、あの艦隊の迫力ったらないな。
あんなのは今まで経験したことないね。
もう凄いとしかいいようがないですよ。
観艦式とか観閲とか訓練展示とかってのは、この際どうでもいいね。
そんなモンはオマケですよ。
ええ。
重要なのは40艦が一堂に会したあの迫力。
そして、他に例えようのない壮観さ。

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こればっかりは他では決して見ることはできないですよ。
そして、その場所に居合わせて、その空気をも感じ取れたということ。
そして何よりも、隊員のカッコいいことったらないね。
礼儀正しいし、きりっとしてるし、強そうだし、その上適度にダレているという。
これが全てですよ。
ええ。
いやあ、なんとも凄いもんを見せてもらいましたよ。
来年もまた応募しようっと。
次は是非とも晴れた日に行ってみたいですな。

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October 21, 2006

敗者復活

で、まあ、ここんとこ異常に抽選運がないところをいかんなく発揮してる僕なんですけどね。
今回ばかりは敗者復活っつーか、キャンセル待ちでなんとか潜り込んだんですよ。
いやあ、ここまで長かったですよ。
2年間待ちましたからね。
その間ずっと待ち続けましたからね。
で、行ってきたんですよ。
神田川船の会に。
毎年、春と秋に、釣り船に乗って両国から隅田川を下って柳橋から神田川に入り、昔、飯田町の紙流通ターミナルがあったあたりで日本橋川に入って、その後、隅田川に出て戻る道すがら小名木川に立ち寄って帰るというイベントなんですな。
で、その間、ガイドのオッチャンが橋の所以とかそういうのを解説してくれるんですな。
で、まあ、なんだかんだで水上の人になったんですよ。
いやあ、天気もいいし、暖かいしでなんとも船日和ですなあ。
こういう日にボートに乗っちゃうと、自分で免許とってボートを買っちゃいたくなっちゃうんだよね。
まあ、そんなヒマもカネもからっきしないんだけどな。
まあ、そんなことはどうでもいいのよ。
船よ船。神田川ですよ。
まあ、エラいオッサンのご挨拶も適当に聞き流して、荒れ狂う隅田川をどうにも釣り船然りとした感じで滑り出していくわけですよ。
いいねぇ、こういうの。
なんちゅうか、兄弟舟って感じで。
で、ほどなく、神田川に入ってみるってぇと、どうよ。

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いきなり波が穏やかになったっていうか、まったりしちゃいましたね。
で、まあ、下町から都心に向けて船は進んで行くんですよ。
しかしまあ、船から見える景色ってのはなんとも不思議な感じがしますなあ。

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何度も来たことがあって見たこともある所なのに、何とも初めて来たような新鮮な感じがしますなあ。
なんか面白いなあ。
コレ。
で、真面目に言えば、下町から山の手にかけての東京の雰囲気の変化というものを、これほどまでに的確に集約して見せてくれる物もそうはないんじゃないかなっていう感じですな。
下町の温かみのあるせせこましさに始まり、山の手の作り込まれ、手入れされた自然があって、そして、都心の入り口に入るころにはカネに目がくらんだ人生の落伍者がうなだれながら渡るオケラ橋に向かうという。
ああ、川の流れから言えば逆になるんだったな。
まあいいや。
で、その中でも、お茶の水の辺りはなんともしっかりと手入れされた緑に囲まれた空間が広がっていて、たまんなく気持ちがよかったですよ。

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ここだけは、川の上からじゃないと絶対に見られない風景ですからね。
で、旧飯田町駅のあった辺りから日本橋川に入るんですよ。
って、結構昔からここの川って知ってたけど、この川が日本橋川だったてのを初めて知りましたよ。
なんか、運河とか水路とかそういうもんだと勝手に思ってましたよ。
で、そんなことを言っている間に船はいつの間にか竹平寮があった辺りを過ぎ去って行くんですな。
で、ここの川は全線首都高に覆われていて景色もへったくれもあったもんじゃないんですけどね。
その辺は、橋の裏フェチなこの人ですからね。

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なんだかんだで一人で萌えちゃってはいたんですけどね。
あげくに工事してるオッチャンと会話しちゃったりなんかして。

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で、この船に乗った人のほとんどの人が待ちに待ってた日本橋に到着するわけですよ。
まあ、そりゃそうだわな。
今は首都高に塞がれて、橋の全貌が見渡せるのが船の上からしか見えないですからね。
しかも、五街道の起点だしね。
とはいえ、橋そのものは何ともゴテゴテ装飾してはいますけど、それほどグッとくるものはないですな。
で、そのあとは、ありふれた東京の中心部の光景を眺めながら隅田川に戻って行くわけですよ。
で、そっからなぜか道をそれて小名木川に入って行くんですよ。
まあ、何ともアレだぁな。
森下から住吉に向かって、何とも垢抜けない下町そのものって所を通ってどこに向かって行くんですかねえ。
しかも、橋下も異常に低いし。
まあ、これはこれで面白いけど。
って思ってると、突然川の本線に水門が現れるんですよ。

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コレはまさか。
アレか?
おおっ。
水位が一気に下がっていくぞ。
テレビで見たことあるぞ。
なんだこりゃ。
凄え。
そうか、このためにわざわざこんな殺風景な運河に寄り道してたのかよ。
流石に粋だねえ。
ホレボレしちゃうねえ。
全く。
で、そっからUターンして荒れ狂う隅田川に戻っていくんですね。
そして、見慣れたというか、ちょっと見飽きた感もある、隅田川にかかる総武線の鉄橋が見えてきたらこの旅も終わりになるんですね。
いやあ、いいよ。
最高だよ。
コレ。
毎回募集かけても、半日で予約が取れなくなっちゃうだけあるよ。
2年間待ち続けただけはあるよ。
いやあ、来年も行きたいですよ。
次は春だな。
待ってろよ。
また来るからな。

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October 08, 2006

そして基地へ

で、まあ、ここんとこ、結婚がどうだのって話で休みの日だってぇのに今イチ休んだ気になれない日々が続いているんですけどね。
それをなんとか打ち破ろうとして色々応募してたんですよ。
特に自衛隊方面に。
市ヶ谷台には74式戦車の体験試乗とか、返す刀で横須賀には観艦式の参加応募でしょ。
この辺は全て落選ですからね。
やっぱ、子供がいないとダメなんですかね。
自衛隊関係は。
で、応募しなくても行っていい基地に行ってきたんですよ。
新木場に。
そう、新木場ですよ。
だって、基地ったって車両基地だもん。
帝都高速度交通営団が、有楽町線に10000系とかって車両を投入するから、そのお披露目に車両撮影会をするから一般解放しちゃったんですね。
まあ、この人にとっちゃ、10000系だかなんだかってのよりも、その場所に潜入することの方が重要だったりするんですけどね。
で、まあ、行ってきたんですよ。
新木場に。
たしか、新木場の車両基地って、東京へリポートとか警視庁の術科センターの近くにあったんだよな。
ああ、術科センターっていえば、SATが訓練してるとこだったっけか。
って、そんな話はどうでもいいんだよな。
とにかく、駅から遠いのよ。
あげくにバス停からもえらい遠いのよ。
あっ。
そうか。
そういや、うちのおっかないカノジョの通ってた専門学校もこの辺だったよな。
そこんちの駐車場に停めさせてもらおう。
で、あとは、記念品をもらうためのスタンプラリーだな。
小竹向原だの東池袋に飯田橋だとか永田町なんてのは会社の帰りに寄って行けばいいだけだから、問題は銀座一丁目と新木場だな。
まあ、銀座一丁目は仕事の途中になんだかんだで時間を作ってあっちに行けばすむ話だな。
新木場はだけは、遠すぎだわな。
いくら何でも。
まあ、ここだけは、当日に入場券を買ってスタンプを押して行きましょうか。
ついでに、駅前の焼き肉屋で昼を食べるってのはどうよ。
で、ついに当日ですよ。
完全な計画のもと、車両基地に入るってえと、どうよ。

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なんだかわからんが異常な行列ができてますよ。
何だ、あれ。
お弁当を買うのに並んでんのかよ。
北朝鮮の闇市場じゃないんだから、そんなに必死になって食料を求めてどうするよ。
でもね、目的は弁当そのものじゃなかったんですな。
目的は器だったみたいなのね。
まあ、御丁寧に10000系の形してやんの。
微妙に、昼メシ食ってから来ちゃったのを後悔してみたりして。
まあ、そんなことはどっちかっていうと、どうでもいい話なわけでしてね。
早速、車両基地の内部をくまなく捜索してみるってえと。
おおっ。

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検車場だよ。
検車場。
中には入れんが、奥までキッチリ見渡せるぞ。
何が凄いんだかはよくわかんないが、とりあえず凄いことにしておかないと、テンションが保てないぞ。
つーか、こんなの東十条の改札んとこから見えんじゃん。
って話もあるんですけどね。
そういうことを言っちゃ行けません。
で、今度は、オマケ程度に車両を見に行くわけですよ。

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10000系に7000系に07系か。
コレは凄いぞ。
結構貴重なスリーショットだぞ。
なんせ07系はもうすぐ東西線に転籍するんだもんな。
そうなったらこのスリーショットは見られなくなるもんな。
結構地味に凄いもんを見せてくれるじゃないですか。
流石だな、この辺は。
で、そっから回れ右してみるってえと。
延々、線路が延びてましてね。

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この先に新木場の駅があるって寸法なんですな。
おおーっ。
なんだかわかんないけど、コレはコレで普通に感動しちゃうぞ。
なんかいいぞ。
面白くなってきたぞ。
とはいっても、アレな。
元々、10000系を見せるためのイベントだからこれ以上のモノは出てこないんで、地味に感動したところで、終了ではあるんですけどね。
まあ、心残りは、あの弁当を買えなかったってだけで、あとは一通り満足ってことでいいんじゃないでしょうかね。
微妙に体に残ってた鉄分も蘇ってきましたしね。

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October 01, 2006

身柄拘束

いやあ、ホントに今年に入ってからいろんなことが立て続けにおこってるんですよ。
この人には。
それこそ、普通だったら一生かけてちょっとづつ起こるはずのイベントがいっぺんにね。
で、ここに来て最後の一撃ね。
ある意味、痛恨の一撃。
バンカーバスターっていうよりはディジーカッターを真っ正面から食らった感じ。
要するに終わりってやつですよ。

つーわけで結婚することになったんですね。
この人が。
言っておきますけど、全然めでたくなんかないですからね。
めでたいっていうのは、ちゃんと1年前から計画して、式だの披露宴なんてのまでの全てを、不思議なテンションを保ったまま決めた上で、結婚するような人に対して当てはまるんですからね。
なんとなれば、披露宴で恥ずかしげもなく笑顔でゴンドラなんかに乗っちゃうような人な。
そういう人をおめでたいというんですからね。

それにほら、この結婚については僕の意思は基本的には関係ないですしね。
そんなの当然じゃないですか。
向こうの一家が完全に包囲してカタにハメてんだから。
ディジーカッター食らっておいて、いまさら反撃もへったくれもないでしょ。
そんなもん。
ああ、別に、子供ができちゃったわけじゃないですよ。
ここだけはちゃんと否定しておかないと。
それだけは絶対ない。
あり得ない。
神に誓って言う。
なんせ、ここ1年くらいカノジョとSEXしてないですからね。
できるわけがないじゃないですか。
って、自信を持って言ってどうするよ>俺。

まあ、そんな感じで、今まではやりたい放題コソコソ遊んできてましたからね。
ここにきて大幅な軌道修正を図らないといけなくなっちゃったんですよ。
なんせほら、今までは“自分のカネ=自分のカネ”だったわけじゃないですか。
それがほら、コレからはそうじゃなくなっちゃうわけでしょ。
だから大変なんですよ。
資産隠しが。
あと、アレなDVDとかも隠さないといけないし。
そんなことよりも、結婚するっていうとやんないといけないことが沢山あるでしょ。
気が遠くなるくらい。
向こうの両親に挨拶にいかないといけないし。
コッチの親戚筋にも根回ししなくちゃいけないでしょ。
あとは、アレだ。
役所だよ。役所。
戸籍謄本とかとらなくちゃいけないでしょ。
何つったってこの人は、本籍がなぜか茨城県は高萩市になってますからね。
謄本とるだけで日帰り旅行しなくちゃなんないのよ。
まあ、普通は郵送で送ってもらえばいいんでしょうけどね。
なまじっか仕事の拘束時間が長いから、その手続きすらままならないという。
まあ、タコ部屋に入れられてる土方みたいなもんだからね。
この人の仕事ってのは。
違うのはネクタイ首からぶら下げてるくらいなもんで。
こればっかりはしょうがない話ではあるんですけどね。

とはいえ、ここにきてなんとか、僕の戸籍謄本以外の書類はそろえることはできたんですよ。
まあ、謄本だけはアレなんですけどね。
10日に婚姻届出す前に早朝に行ってくるしかないですかね。
高萩まで。

ああそうだ、ここの市役所って近くに高校があるんですよ。
で、ここんちの女子高生って異常にスカートが短かったりすんのよ。
ですから、その部分でだけは異常に楽しみにしてたりはするんですけどね。

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September 10, 2006

技術の結晶

久しぶりにお台場に行ってきましてね。
ええ、MEGAWEBに。
トヨタが三度のメシより大嫌いだってのにね。
でも、行ってきたのよ。
今回だけは。
だって、カローラ生誕40周年記念展なんてのをやってるっていうもんですから。
まあ、トヨタは嫌いですけどね。
2000GTとカローラだけは別なんですよ。ええ。
2000GTについては今更何も言うこともないでしょ。
名車ですよ。名車。
日本が世界に誇れる数少ない名車のひとつでしょ。
で、まあ、カローラな。
まあなんちゅうかアレよ。
累計生産台数が3164万台な。
去年1年間だけでも139万台ね。
スゲエよな。
ここまで大量に、しかも、安定した品質で生産するってのは、ワンオフの一点物を作るよりも何10倍何100倍も難しいですからね。
まあそりゃ、値段は安いわな。
なんせこんだけ大量生産してんだから、安くて当然でしょ。
でもね、その安モンにつぎ込まれた技術とか努力とか情熱とかそういうもんはその他諸々の自動車とは比べ物にならないもんがありますからね。
その分、個性もなければ感情もない、僕らクルマ好きには決して選ばれない白物家電のような存在になってしまっているのも、また、事実ではあるんですけどね。
まあ、そんなゴタクはどうでもいいや。
で、行ってきたのね。
カローラ生誕40周年記念展に。
おお、いきなり初代がお出迎えですね。

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ええ、これか2代目辺りをきれいにレストアして足に使うってのも、カッコいいような感じですなあ。

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で、あとはズラッと歴代のカローラと86とカローラWRCとかがある感じ。

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で、それぞれのクルマの横にその時代の格好をしたオネエちゃんのマネキンが突っ立ってるのよ。
で、カローラWRCの横にはマキネンが突っ立ってる、、、
んなわけねえよな。
つーか、マキネンこのクルマ乗ってねえはずだし。
で、そうなってくると、当然バブル真っ盛りの7代目のお隣には。
ドーン!

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まあ、懐かしいですね。
僕らオッサンにはたまらなく懐かしいですね。
いってみれば、汚れた青春の1ページって感じですね。
で、トヨタも流石だなって思わせるのが、そのオネエちゃんの足下にある注意書きね。

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まあ、ある意味、コレも乗り物だったわな。
あの当時は。
で、まあ、久しぶりに気合い十分で乗り込んで行ったわりには、結構、こじんまりしててアレな感じではあったんですけどね。
まあ、別枠のレストアピットでやってた作業も見れたもんですから、これだけで来た甲斐があったような感じですな。

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August 28, 2006

次期主力戦闘機

で、まあ、このオッサンもなんだかんだいいつつ、第二の人生に向かって着々と計画が進められているわけですよ。
で、まあ、今週ついに我が軍に次期主力戦闘機が配備されたんですよ。

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ええ、アルファですよ。
見ての通りのアルファロメオですよ。
しかも、ロッソアルファですよ。
ベタで悪かったな。
自分の稼いだ金で買ったんだから、誰に文句も言わせねえってのよ。
で、まあ、そうなってくるとほら、問題はアレよ。
おっかないカノジョですよ。
ええ。
実際、カノジョには最後の最後まで何買うか言わなかったですからね。
で、納車して出てきたのが、真っ赤なアルファというわけですよ。
あはははは。
でも、アレね。
FAJってあんまりいい話聞かないでしょ。
ついでに、ディーラーもあんまりいい話聞かないし。
でも、ウチの近所のディーラーはそうでもなさそうなんだよな。
そこんちの店長も結構いいヤツっぽいし。
納車ん時に、頼んでないのに、社外品のドリンクホルダーとショートアンテナつけてくれたしね。
サービスで。
しかも、「奥さんとお祝いに飲んでください」とかいって、モエだかシャンドンだかっていう、何だか高そうなシャンパンもくれたしね。

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でも、残念なことにオレ、シャンパンはあんまり得意じゃないんだけどね。
でも、おいしくいただきましたよ。
流石は高そうなだけあって、美味かったですよ。
ええ。
まあ、クルマの方はってぇと、まだ慣らしも慣らしで、39kmしか走ってないですから、走りの方は何とも未知数なんですけどね。
ただ、昔の155とかランチャデドラとかに比べると、剛性感も段違いだし、室内の造りも良くなってるしね。
まあ、何だ。
イタ車っていいよな。
マジで。
クルマってのはこうじゃないとね。
まあ、決して人様に勧められるようなシロモノじゃないですけどね。

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August 19, 2006

大海原のコンビナート

こないだ、ひさしぶりに横浜に行きましてね。
横浜っていってもアレね。
元町とかみなとみらいとかじゃないんですよ。
横浜港ね。
横浜港。
男は黙って横浜港。
って感じで。
ええそりゃもう、港の見える丘公園なんてのは女子供の行くとこですよ。
つーことで、行ってきたのよ。
横浜港一周クルーズに。
まあ、実際のところ山下公園から出てる遊覧船なんですけどね。
そこはやっぱり横浜港ですから。
そんなおしゃれなとこでは決してないんですよ。
だって横浜港だよ。
横浜港って自然海岸がただの一つもないとこですよ。
しかも、周囲は国内有数のコンビナート群に囲まれてるんだよ。
どこをどう見たって、決して素人にはお勧めできない、逝っちゃった人向けの遊覧船でしょ。
で、まあ、乗り込んだのよ。
オッサンが一人で。
しかしまあ、なんちゅうか、他に乗り込んでくる人たちは、行き先を何かと勘違いしてるとしか思えない人たちばかりですなあ。
こいつら、絶対、どういう景色が見えるかわかってないぜ。
どうしたって、オサレな横浜の景色が見えるんだぜ位の軽い気持ちで乗り込んでるんだよ。
間違いないね。
まあ、他人様のことはどうでもいいや。
そんなことより、コンビナートだよコンビナート。
とっとと乗り込んで、速攻で、3階のオープンデッキに陣取って。
おもむろに陸の方を見るってえと、どうよ。

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左手に寂れに寂れまくった山下埠頭の廃墟群、じゃないや、倉庫群が鎮座して。
右手には、日本丸がドーンとあって、その向こうにみなとみらいの作為的な光景が広がってるんですよ。
なんちゅうかスゲエな。
横浜の光と影の姿を如実に表しちゃってるというかなんちゅうか。
でも、こんなのは序の口よ。
出航したら、そっからはもう、想像を絶する光景の連続ですから。
まず、レインボーブリッジを通過ね。

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通過ったって、橋を渡るわけじゃないんですからね。
何つったってこちとら船だからね。
渡るっつったら、橋の下をくぐるってことだからね。

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もう、コレだけでスゲエだろ?
橋の裏側フェチにはたまんないだろ?
まあ、橋の裏側フェチが僕の他に何人いるのかは知らないですけどね。
で、レインボーブリッジを渡ると必然的に川崎のコンビナートに向かっていくんですよ。

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まあ、当然ですな。
横浜と川崎を結んでる橋なんだから。
で、そのまま、当然のごとく僕らは決して立ち入ることのできない扇島を通っていくんですね。

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スゲエよな、この辺は流石は船だよってトコですな。
まあ、よく考えたら、ここ自体は運河だから普通に通っていいんだよな。
とはいえ、徒歩やクルマじゃ絶対ここまで近寄れないですからね。
JFEの中の人じゃない限り。
で、僕以外誰一人として扇島をかすめて航行していくことのスゴさを理解できていないことを歯がゆく思いつつ、今度は鶴見つばさ橋をくぐっていくんですね。
おお、これは何ともスゴいよ。

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なんだか、完全にブラックアウトしててちょっと未来感満載よ。
配管ぎっしり感がないのはちょっと寂しいけど、コレはコレでカッコいいなあ。

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で、まあ、あとは行きに通った航路に戻って山下公園に戻っていくんですな。
ここまで約1時間で、お代がオッサン一人で1400円也。
こりゃ、ずいぶんお安いやねえ。
倍くらい払ってもいいくらいですなあ。
つ−か、これ、深夜も出航してくれよ。
深夜の方が、絶対面白いから。
深夜にやってくれるんだったら1万円払っても全然いいぞ。

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August 18, 2006

復活の呪文

今年も、15日に当たり前のように靖国へ行ってきましてね。
かれこれもう、5年くらいは行ってますかねえ。
で、今年も当然のごとく行ってきたと。
なんか、小泉さんが来てスゴいことになってたらしいんですけど、丁度入れ替わりぐらいの時間に行ったんで、なんだかわかんないけど、騒然としてるという、変なタイミングになっちゃったんですね。
まあ、騒然とはしてましたけどね、決して殺伐とはしてないんですよ。
まあ、ここにいる人たちにとって来てほしい人が来てくれたから騒然としてるわけですから、殺伐とする理由がないんですけどね。
まあ、小泉さんの話はどうでもいいんですよ。
まあ、要するに小泉さんは、支那や朝鮮の人たちとはマトモに外交を展開しようとしてもどうにもならんって言ってるだけでしょ。
で、終戦記念日に国のために死んでいった人たちが祀られてるところに行って一礼して祈念してきただけでしょ。
別に、当たり前のことをしただけじゃん。
別に神でも何でもないでしょ。
極々普通でしょ。
それができないのがヘタレなだけで。

まあ、そんなことは、僕にとってはどうでもいいのよ。
大事なのは、とりあえず自分が靖国に行って頭を垂れてきたということですから。
で、そこで、自分に言い聞かせたんですよ。
今日から、オレは復活するよと。
とりあえず、オヤジのことは一通りつつがなく終わらせたから、ここから先は自分のことに全てのリソースをつぎ込むよと。
オヤジが死んでから色々なことが動きましたからね。
自分の意志に関係なく。
まあ、そうじゃなくても、今まで、色々我慢して貯め込んできちゃいましたからね。
いっぺん、それを整理して修復しようと。
別にそのためになら、自分の置かれている環境をガラッと変えてもいいんじゃないかなと。
少なくとも、今のまま、朝早くから夜の夜中まで延々長時間労働をし続けることもできないでしょ。
たとえ働きたかったとしても確実に過労死しちゃうでしょ。
別に長生きしたいとは思わないけど、仕事ごときに殺されんのはまっぴらごめんってやつですよ。
何にせよ、今のうちに、手を打っておかないと。
まあ、何となればバックパッカーにでもなって2年くらい東南アジアを放浪してもいいかもしれません。
体面とかそんなモンよりも自分の気持ちとかそういうものの方が大事なんじゃないかなと。
つーか、そのくらいの気持ちでいないといけないんじゃないかと。
オヤジが死んでから、そういう風に考えることが多くなっちゃいましてね。
それこそ、仕事にも手がつかないくらい。
あげくに、今週夏休みだったってのにずっとそのことばっか考えてましたからね。
せっかくの休みだってのによ。
ある種のノイローゼだわな。
ここまで来ると。

まあ、何にせよ、オヤジが生きていられたのが59年間ですよ。
たったの59年。
僕が今33歳。
残された時間はあと26年。
それまでにはなんとかして、自分が納得できる人生ってヤツを見つけてみたいじゃないですか。

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August 16, 2006

死のロード

で、まあ、ウチのオヤジがポックリ逝っちゃってから2ヶ月と少々、ようやっと一段落つきましてね。
その間、書類をもらうためだけに茨城は高萩なんて所に何度も行ってみたり。
区役所だの銀行だのなんだのなんて数えきれないくらい行きましたからね。
そのあげくに、夜は夜で集めた書類を確認して、さらに書類を作ってみたりしてましたからね。
仕事してるより忙しいってのよ。全く。
で、あげくの果てには、オヤジが逝っちゃってから立て続けにウチの親戚が2人逝っちゃいましたからね。
一体なんなんでしょうかね。コレは。
お祓いを受けた方がいいかもしれないですね。
って、ウチは神道だから、法事の度にお祓いは受けてはいるんですけどね。
で、まあ、そんなこんなで、50日祭を無事にすませて、ようやっと昨日、納骨も終わったんですよ。
ついでに、オヤジの相続だの何だのの手続きも一通り終わったと。
いやあ、長かったですねえ。
マジで。
その間、色々ありましたからね。
僕の血液型もAからOに変わっちゃったくらいですからね。
いや、マジで。
だって、こないだ時間つぶしに新宿で献血したら、血液型がO型だって言われたもん。
少なくともその前の32年間A型で何不自由なくのうのうと生きてきたオッサンをつかまえて。
あとはまあ、新しくできた高速道路に行って、大の字になって寝てみたりとか。
まあ、コレはどうでもいい話ではあるんですけどね。
でも、まあ、何だ。
さすがに、納骨ってのはグッと来るもんがあるもんですなあ。
今まで、ウチのリビングの一等地に鎮座してたオヤジの骨がいきなりなくなっちゃうんですからね。
いやでも現実っちゅうもんを思い知らされますな。
で、まあ、納骨に行ってきたんですよ。
遠路はるばる所沢まで。
って、そんなに遠くないってのよ。
たかだか、1時間かそこらだっての。
で、周囲を産廃処理場とか特養施設とかに囲まれた霊園の隅っこにある小さなお墓で、わざわざ神主さんを呼び出して、納骨祭をやったんですな。
微妙に雨が降る中で。
あげくに式のクライマックスでは集中豪雨ですよ。
あり得ないくらいの雨量ですよ。
何ですかコレは。
しかも、場所が場所だから、この雨には相当ダイオキシンが含まれてんだぜ。
で、こんな中でも、お約束のごとく、延々、神主さんに合わせてお辞儀を何回もして、あげくには延々5分くらいお辞儀しっぱなしで、腰が爆発しそうになるのをこらえてみたりなんかして。
で、式が終わった瞬間にすっかり雨がやんでやんの。
まあ、その辺はある意味お約束だわな。
で、式が終わったらそそくさと退散して、予約してあった料亭に移動ですよ。
ええ、色々お店はあったんですけどね。
単に僕が食べたかったというだけの理由で、うなぎ懐石ですよ。
あはははは。
うん、1人8000円からするだけはあるわな。
っつーか、8000円じゃ申し訳ないくらい美味かったですな。
うん、流石は天然物ですよ。脂ののりが全然違いますよ。
うん、流石は老舗ですよ。仕事が全然違いますよ。
いやもう、素晴らしいですよ。
で、思いがけずも満足しちゃったら、あとは満腹で眠い目をこすりながら、親戚筋を上野まで送迎ですよ。
施主が自ら送迎ですよ。
ええ。
いや、実際のところ、コレが一番つらかったですよ。
関越の練馬の出口の辺りで、マジで寝ましたからね。一瞬。
で、まあ、なんとか無事に親戚筋を上野まで送りきったら、なんちゅうか、一気に気持ちが軽くなりましたな。
なんちゅうか、肩の荷が下りたっていうか。
心の中がこう、雲が消えて一気に晴れ渡ってきたというか。
まあ、あとは、来年の一年祭まではやることもないですからね。
ここからは、一気に攻撃態勢に移らないとな。
やりたいことも色々あるしね。

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July 03, 2006

神への道

で、北朝鮮の工作員に洗脳された後のような、自分の意思の全く存在しない状態で、斎葬の儀が始まっていくんですね。
昨日の晩、あれだけ威勢よくああだこうだヌカしてたオッサン連中がへべれけになったあげくにその辺に転がってる中で、またしても朝っぱらからウチの母上登場ですよ。
で、また、小一時間お説教ですよ。
文字通り、小一時間問いつめられちゃって。
いってみればリアル吉野家状態ですね。
まあ、そんなことはどうでもいいや。
で、まあ、そうこうしているうちに、昨日と同じくゼンマイ駆動のような奇妙な動きの神主さん登場ね。
で、何だかよくわかんないうちに斎葬の儀が始まっちゃって。
で、時間を追って薄れていく意識の中で、神主さんの奇妙な動きを追っているうちに、一通りの儀式が終了するわけですね。
だから、この日は何があったのかはほとんど覚えてないんですよ。
で、まあ、そこから、町屋の焼き場にオヤジを運んでいくんですよ。
霊柩車ってヤツで。
これって、子供の頃から一度乗ってみたかったんですよ。
とはいえ、気分が盛り上がるような感じは決してなかったんですけどね。
いや、幾らなんでも、そこまで人格が破壊されてないですからね。
で、まあ、生まれて初めて霊柩車ってヤツに乗り込んでは見たものの、いざ、中に入っちゃえばその辺のタクシーと何にも変わらないんですけどね。
なんか、普通に無線で現在地がどうのとかやりとりしてるし。
で、そのうち喪主のくせに霊柩車の中で爆睡しちゃってたりなんかして。
いやもう、着いて起こされた時は恥ずかしかったのなんのってね。
で、そっから、ああだこうだしつつ、なんとかオヤジを電気釜の中に入れちゃったら、後はもう、待ってるしかないんですね。
とはいえ、今のこの人に待ち時間ほど危険なものはないんですよ。
そらそうだ。30秒止まってたらそのまま寝ちゃいますからね。
で、3回くらい起こされながら待ってると、「終わったよーん」ってアナウンスが流れてくるんですね。
そうすっと、ウチの親戚一同がぞろぞろと電気釜に向かってエスカレーターを下りていくと。
で、無表情な係の人が銀色の分厚い扉を開け放つと。
いやあ、何だろうね。これは。
なんちゅうか、こんなになっちゃうんだな。
人が死ぬってのは。
ボロボロに崩れた骨の集まりになっちゃってる。
幾ら何でも、これだけは見たくなかったよ。
まあ、ウチのオヤジの場合は寝てる間に心筋梗塞になって死んでるから苦しんだあとってのが全くなくて、むしろ寝てるようにしか見えなかったからかもしれないんですけどね。
それにしてもこの変わりようって何よ。
人が死んだってことをビジュアル的にここまでリアルに見せるこたぁねえだろうがよ。
さすがに、これを見ちゃうと気持ち的に限界を超えちゃいますよ。
ええ。
でもまあ、所詮は自分の意志なんてのは一昨日の時点で無くしちゃってますからね。
言われるがままに、遺骨を壷に入れるわけですね。
気持ち的に完全に錯乱しちゃってるうちに。
で、最後に係の人があくまで無表情に感情一つ出さずに「これが喉仏です」とかなんとか説明しながら骨壺に蓋をしてこっちに渡すわけですよ。
で、ここから斎葬の儀をやってたホールに戻って、やっとマトモにメシを食えるという算段なんですよ。
まあ、実際のところはそうそうあまいもんじゃなくって、親戚筋にビールをついで回ったりしなくちゃいけないもんですから、ほとんどメシなんて食えなかったんですけどね。
で、まあ、最後の力を振り絞って親戚筋との楽しい楽しい会食の時間を乗り切ったところで、ようやっとお開きになるんですね。
ですんで、親戚筋やらウチの母上やらを見送ってやっとこの人も帰れるということになったんですよ。
で、この人はどうしたって睡眠不足なんですよ。
さらに、それ以上に空腹なんですね。
しかも、この人は今、位牌と遺影と遺骨を持っているという。
とりあえず、葬儀屋さんに遺影はあとで持ってきてもらうことにして、遺骨を持ってそのままデニーズに直行したんですよ。
だって、腹減って死にそうだったんだもん。
で、遺骨をテーブルにおいて死にそうな顔で、たらふくメシを食ってウチに帰ったわけなんですね。
いやあ、やっと終わったよ。
マジで長かったよ。
って、本当はここからが地獄の始まりだったんですけどね。

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July 01, 2006

めでたくない前夜祭

で、まあ、24時間戦う男に本人が望まぬまま仕立て上げられてしまったところで、朝も朝、早朝の6時にまず、うちのおふくろ登場ね。
で、昨日の出来事で、お説教ですよ。
33歳の憔悴しきったオッサン相手に長々2時間たっぷりお説教ね。
いやあ、コレは堪えちゃいましたよ。
で、お説教が終わったらやっとシャワーを浴びさせてもらって。
で、そこでまた問題発生ね。
前夜祭の受付を頼んでねえでやんの。
いきなり当日に頼めるヤツなんて一人しかいねえじゃん。
つーことで、朝も朝、通勤途中のカノジョに電話して、会社を半休とってもらうと。
ですから、アレよ。
僕の友達、会社関係その他諸々で前夜祭にいらしていただいた方は、うちのカノジョを見ているということなんですね。
この辺は、うちのオヤジと縁もゆかりもないのにいらしていただいた方へのちょっとしたお礼ということで。
で、まあ、なんとか、受付も確保したんですが、大変なのはそっから先よ。
昼くらいに来るっていってたのに、10時頃に本家の大叔父さん登場よ。
この叔父さんがオッカネエの何のってね。
で、そのあと続々と親戚筋が登場しやがんの。
そろってみるとまあ、同じ顔が何人も。
まあ、うちのオヤジって7人兄弟ですからね。当たり前っちゃあ当たり前なんですけどね。
とはいっても、どいつもこいつも同じ顔で、まあ、ウルトラマンじゃねえんだからよ。
全く。
こんなウルトラマン連中がなまじ権力を持ってたりするからまた始末に負えなかったりするのよ。
なんせ、半分ヤクザの運送屋の社長に始まって土建屋から日産自動車のお偉いさんに横浜の地主やら元郵政官僚だのなんだのってのが一同に会しちゃうわけですから。
何をするにも、意見がまとまらないのよ。
だから、葬儀の一つ一つでああだこうだ始まっちゃうのね。
で、僕は隅っこで、なんとか折衷案が出てくるのを待ってるしかないのよ。
で、気がつくと出棺の時間ですよ。
そうすっともう、ただの1分も自分の時間なんてなくなっちゃいますからね。
あとは、言われるがまま命令されるがままのロボットになるしかなくなっちゃうのよ。
で、気がつくと、前夜祭が始まっちゃうのよ。
なんか、神道では人が死ぬと神様になるから基本的にはお祝いの儀式なんですってね。
だから、前夜祭って言うんですってよ。
まあ、そんなことはどうでもいいや。
斎場の最前席に座らされて、何だかテレビでしか見たことのない玉串なんて献上させられてみたりしちゃって、あげくの果てに知ってる人やら知らない人にただ頭を下げまくっちゃって。
で、まあ、どうにかこうにか前夜祭が終わって一息つけると思ったら、やっぱり世の中そうは甘くないもんでしてね。
本家の大叔父さんが言い出すんですよ。
「昔っからお通夜の晩は、兄弟子供が一晩寝ないで付き添ってやるもんだ。」って。
ここで、48時間戦う男に肩書き変更ね。
で、大叔父さんやら親戚筋やら何やらと一晩中、お説教やら何やらされながら、ちょっとづつ脳みそがふやけていくのを感じながら、どんどんダウナーな感じになっていくんですね。
で、やっと、朝ですよ。朝。
一晩寝ないで云々とか威勢よくヌカしてた大叔父さんやら何やらはとっくに酔いつぶれて寝ちゃったんですけどね。
残念ながら、こちとらそうそう酔いつぶれるほど、気持ちが緩んでなかったのよ。
で、結局、寝るチャンスはいくらでもあったのに結局寝れなかったのね。
で、そのまま、斎葬の儀ですよ。
もう、こうなったらとことんまでやってやる。
とっくの昔に意識は朦朧となっちゃってるんですけどね。

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June 29, 2006

事件性なし

いやあ、今月は未だかつてないくらい、いろんなことがおこりまくっちゃいましてね。
だもんで、このブログもほとんど放置状態になってたと。
まあ、いろんなことっつーか、なんつーか。
一言で言えば、オヤジが死んだのね。
ええ、ウチのオヤジが。
正真正銘オレの父上様が。
って、軽く書いてますけどね、結構キツいもんがあるんですよ。
なんたって、朝起きたら目の前でオヤジが死んでるってんですからね。
でもね、以外とそのときは、自分でも信じられないくらい冷静だったんですよ。
とりあえず、すぐに救急車を呼んで、心臓マッサージなんてしてみたりして。
でもまあ、見つけた時には時既に遅しというやつで、生き返ったりはしなかったんですけどね。
で、自宅での死亡ということで、救急から警察に連絡してもらって、実況見分やら事情聴取やら検死とか色々あって。
あげくに死因が心筋梗塞だよと。
360度どっからどう見ても事件性はないから司法解剖はしないよと。
っつうことになったんですよ。
まあ、ウチのオヤジについちゃ、財産があるわけでもないし、保険にも入ってないみたいですし、どっちかっていうと、僕が寄生してる部分もあったくらいですから、僕が殺されることはあっても、僕が殺しちゃう理由なんてのはからっきしないですからね。
で、まあ、大変なのはそっから先の話でしてね。
とりあえず本家の親戚筋とかに連絡するでしょ。
そうすっともう、アレよ。
ひっきりなしに電話が鳴りっぱなしですからね。
こちとら、葬儀屋さんやら何やらと打ち合わせだのなんだのをしなくちゃいけないってのにその暇もないですからね。
まあ、兄弟の一人もいればまた違うんでしょうけどね。
残念ながら一人っ子ですから。この人は。
で、まあ、葬儀屋さんとウチのおふくろにも来てもらって打ち合わせをしてたんですけどね。
見積もりも出してもらって、最後の最後に宗派を聞かれましてね。
で、そんなんわかるわけないんですよ。
信心深いわけでもないですし、どっちかっていうと罰当たりな人ですからね。
で、本家に聞いてみたら、一言「うちは神道だ。」だってよ。
神道ってアレかよ。
神主さんが玉串振り回すアレかよ。
よく、靖国神社なんかでやってるヤツ。
なんだよ。
33歳になって初めて、テメエん家が神道だって知ったよ。
えーっ。
見積もりやり直しだよ。
とかなんとかしてると、今度は、電話を鳴らしまくった親戚筋が大挙してやってくるんですよ。
うちなんて狭いですからね。
そりゃもう、あふれんばかりになっちゃって。
で、まあ、なんとか葬儀屋さんとの打ち合わせも終わって、やっと一息ついたってところで。
ってなるはずなんですけどね。
残念ながらそうはならねえんだよ。
コレが。
大挙して押し寄せた親戚筋という名のモンスターが暴れだしちゃうんですよ。
で、これもなんとか、なだめすかして、とりあえず明日のお通夜の準備をしてきてもらうために一旦、帰ってもらえたわけですね。
で、気がついたときには夜の10時よ。
朝の5時の出来事だったのにね。
で、これで、寝れると思ったら大間違いなんですよ。
一晩中、線香がきれないように起きてなきゃいけないんですってよ。
まあ、そういうことがなくても、神主さんやら、焼き場の人やらお手伝いしていただく方やらの付け届けとかを全部用意しなくちゃいけないですからね。
他にも、ああだこうだやんなきゃいけないことがたくさんあったりしますしね。
そんなことやってたら、黙ってたって朝までかかるってのよ。
実際、一通り、用意できたのが朝5時になっちゃってやんの。
ここで、24時間起きっぱなしですよ。
かといって、そこで仮眠できるほど世の中ってのはあまくないんですよ。
こっから先は人生の大舞台ですよ。
晴れ舞台じゃなくって忌の舞台。
前夜祭という名のお通夜の日が始まっていくんですね。

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June 04, 2006

孤高の要塞

昨日、久しぶりに奥多摩に行ってきましてね。
ええ、ちょっとしたハイキングに。
自然の空気に包まれてみたくなりましてね。
で、まあ、早起きして新宿から青梅線直通の快速に乗って行ってきたんですよ。
しかしまあ、この電車に乗ってる人ってのはどうなんだろうねえ。
これ見よがしに山高帽なんかかぶっちゃって、自分よりデカイんじゃないかっていう巨大なリュックサックを担いで、あげくの果てにはストックなんて持ってやんの。
お前らいくら何でも、重装備すぎやしないか?
いくらなんでも、東京近郊の山にハイキングに行くのにそんな重装備でどうする。
そりゃ、中には本気の登山にいく人もいるんだろうけどよ。
どう見たってほとんどは、ハイキングに行く人にしか見えないってのよ。
で、まあ、そんな自然派指向の人たちに紛れて、決して自然派ではないこの人が奥多摩の自然と戯れに行くわけですね。
で、なんだかんだで終点の奥多摩駅まで行くと。
で、そこから道なき道を突き進んで行くってぇと、どうよ。

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おおっ。
素晴らしい。
これは凄い。
流石は奥多摩だ。
すげえぞ奥多摩。
たまんないぜ奥多摩工業。
いやあ、この凄さはどうしたって言葉では表現できないですよ。
とりあえず、ここから先は写真だけにしておきましょうか。

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東京第一陸軍造兵廠

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もう、先月の話ではあるんですけどね。
ウチの近所にある東京第一陸軍造兵廠第弐七伍棟が、一般公開されたもんですからちょっと見に行ってきたんですよ。
それを今更ながらに記事にするという。
まあ、ここんとこ、何だかわかんないけど帰るのがわりかし遅かったんで、今更になっちゃったと。
まあ、ホントは余裕で帰れるんだけど、周囲一体が帰るなオーラを出しまくってるという劣悪な職場環境に負けて帰れなかっただけではあるんですけどね。
まあ、そんなことはどうでもいいや。
で、ウチから徒歩で、北区は十条にある駐屯地の脇にある公園に行ってみたんですね。
そしたらどうよ。
200人ぐらい並んじゃってやんの。
地元の祭りのイベントの一つだってのに、何でそんなに並んでんだってのよ。
まあ、しょうがないからしばらく並んで見学の順番を待って、中に入ったんですよ。
そしたらまあ、ひでぇもんだな。こりゃ。

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地べたは完全に水たまりになっちゃってるし。
その水たまりにはあり得ないくらいオタマジャクシが泳いじゃってるし。

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こんだけ大量に泳がれちゃうと、オカルトの領域に入っちゃうだろ。
壁面は一様に崩壊が始まってるし。
でも、流石は軍事施設だ。
表層はボロボロでも、骨格はしっかりしてるぞ。

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広大な空間を縦断する柱なんて、叩いてもびくともしないしな。
大正8年築とは思えないですな。
とはいっても、中には何もなく広大な空間が広がってるだけですから、廃墟特有の時間軸が狂った感覚も味わえなければ、軍事施設独特の冷たい熱気も感じとることはできないんですよ。
でも、もうすぐここって取り壊しちゃうんですよね。
何でも、図書館なんか作っちゃうらしいですよ。
で、一部壁面を生かして作るとかヌカしてやがんのよ。
全く分かってないですよ。
北区も。
もっと上手くやれば、横浜の赤レンガ倉庫みたいにできる可能性もあるだろうに。

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第一、図書館なんてこんな辺鄙なとこに作ったって不便でしょうがねえだろうがよ。
土地なんて他にいくらでもあるんだしよ。
なんかもったいねえよなあ。
でも、そんな所が北区クオリティ。
とはいっても、取り壊す前に中に入れてよかったですよ。
こういうとこは、行ってみないとどういう所だか理解できないですからね。
どんなに上手い写真や文章をもってしたって、どうしたってこの雰囲気は伝えきれないですからね。

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May 11, 2006

未来の遺跡

今ひとつ、ゴールデンウィーク気分に浸れない中、やっと取れた3連休のど真ん中に、ろあくの中の人から招集がかかりましてね。
なんでも、川越のちょっと手前にある廃線を見に行こうっていうんですよ。
西武安比奈線ってやつね。
鉄ちゃんや廃墟好きにはあまりにも有名なアレですよ。
まあ、この人もご多分に漏れずに鉄分の多い廃墟好きですから、当然、行ってきたわけなんですよ。
「なんで、せっかくの3連休のど真ん中にそんなとこに行かなきゃいけないのよ」とかなんとか言われながら。
それを振り切って行ってきたと。
まあ、そんなことはどうでもいいや。
で、実際のところ、安比奈線ってのは廃線ではなくてあくまでも休止線なんですな。
ですから、軌道として活用するためのメンテナンスは一切行われていないんですが、軌道に必要な設備は当然一通り残されているんですよ。
なんでも、この路線は西武新宿線が複々線化したときに終点の安比奈線駅を車両基地に転用するプランも出ているくらいなんで、あくまでも休止線とすることで、鉄道事業免許を維持し、土地も西武鉄道が所有し続けているというわけらしいんですね。
まあ、そうじゃなきゃとっくに土地なんて切り売りして、終点の操作場には安っぽいリゾート施設なんてのを作っちゃってたでしょ。
なんせ天下の西武ですからね。
で、それっぽいゴタクを並べつつも、大正15年に貨物専用線として開業して以来、昭和42年に一旦、その歴史の幕を閉じた安比奈線の路線を、南大塚駅から安比奈駅までレールをたどって歩いて行くわけなんですな。
まあ、スタートから、微妙なレールの残し方をしますなあ。